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Category : 山の手・下町

山の手と下町の違いは「塀」?

下町の特徴と範囲」で挙げたとおり、下町に共通しているのは、塀が少ないことだ。

下町は、ひとつひとつの敷地が小さく、建物も非常に近接している。建物自体が敷地の単位のような状態になっている場合も多い。

一方の山の手では、江戸時代の武家屋敷にしても、明治以降の高級住宅地としても、敷地が明確に区切られている。それに基づいて塀や垣根・柵などが設けられた。また、街路との境界線としても作られた。
それだけの余地があることは、現在でも変わらない。

この両者の違いは、グーグルマップでもよく分かる。
ちなみに、縮尺はどちらも同じだ。

余地がある山の手:豊島区目白から新宿区下落合あたり
目白から下落合
(クリックすると別ウィンドウでグーグルマップが開きます)

余地がない下町:墨田区京島あたり
京島
(クリックすると別ウィンドウでグーグルマップが開きます)

郊外の開発は、多くが計画的に行われているので、隙間というか余地というか、そういうものが最初から少ない。最初から塀で仕切られる。


下町に路地が多い理由のひとつは、「余地がないから」ではないだろうか。
家と家の間にある隙間は、山の手なら塀を設け、それでも余地があれば敷地内に取り込まれる。下町では、それが塀ではなく路地になるのではないか。余地がないから塀が作れない、塀がないから路地になる、ということだ。

その結果として、下町、それも比較的古くからある街(註)には路地が多くなる。

路地空間は通路であり、共有地でもある。だから、道になるし、その道には植木を置く。私道公道を問わず、空間は共有地として扱われる。

もっとも、「誰のものでもない、みんなのもの。だからみんなが使える」という発想は、自己中心的でもある。
だが、それは、元をたどれば、江戸時代からの「狭いところにみんなで密集」という生活環境に原点があるのだろう。密集の度合いが高く、敷地が細分化されて入り組んでいる地域では、空間は有効に使う必要がある。そのためには、この方が合理的なのかもしれない。

江戸時代の町人は、とにかく押し込められているから、嫌応なく共同的な生活を送らざるを得なかった。だから、江戸は今以上に社会的な自治ができていた。幕府によってそのように組織された面もあるが、それ以上に、そうせざるを得ない状況だった。江戸の驚異的な治安の良さは、町人達による自治体のようなものが効果的に働いていたことにもよる。

近代以降は、政治体制の変更と主に戦後の混乱(註)により、住民による自治体制は弱まった。だから、江戸時代のような秩序はなくなった。

だが、人口が多いことによる「おしくらまんじゅう状態」はあまり変わっていない。そのため、自然発生的な合理性とも言うべき「路地の活用による空間共有システム」も変わらずに続いた。
これが、路地の元になっているのではないか。


下町の根底には敷地の狭さがあり、それによって発生した「塀の少なさ」が下町を象徴している。

町並みが比較的整理されている山の手では、境界線としての塀が、住宅の一般的な設備として作られた。

これが、都市環境としての「山の手」「下町」の大きな違いではないだろうか。


「塀の有無」で言うと、欧米の一般住宅街にも塀はない。

だが、その代わりとして、家の前に庭があることもある。建物自体が道に接していないという点では、塀があるのと同じことだ。「のぞけば中まで見える」ことも、塀でも庭でも同じだ。どちらも「中をのぞかない」のが、市民の共通認識として明確になっているということだ。

庭は私有地だから、塀がなくても勝手に入ってはいけない。
一般的に、郵便受けは庭先の、道と接しているあたりにある。郵便屋も新聞屋も、「そこから先は勝手に入るな」ということだろう。


「のぞく」「のぞかない」「入る」「入らない」については、グーグルのストリートビューが問題になっている。

これは、山の手・下町の話とも少々関連がある。だが、話が少々ずれすぎるような感じがするので、ここでは触れない。
(了)



比較的古くからある街
具体的には、センター・コア・エリアあたり。
戦前からの街」とも言えるかもしれない。

センター・コア・エリア
センター・コア・エリア(東京都 都市整備局資料より引用)
東京都 都市整備局資料(新しい都市づくりのための都市開発諸制度活用方針、H19.4)より引用
(クリックすると別ウィンドウで拡大して表示します)

センター・コア・エリアについては「都心とセンター・コア・エリア」を参照。
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戦後の混乱
社会秩序の崩壊や経済の混乱などに加え、主に大量流入による人口の流動化なども含む。

戦前の「隣組」などは「国家により組織された住民による秩序」とも言えるが、政府が国民を管理するためのもので、「都市生活上の自治組織」ではないだろう。
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【参考資料】
ホームページ
●東京都 都市整備局 新しい都市づくりのための都市開発諸制度活用方針
http://www.toshiseibi.metro.tokyo.jp/seisaku/new_ctiy/index.html



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山の手と下町


山の手と下町
山の手と下町
結局、「山の手」「下町」とは
「山の手」「下町」のイメージ
山の手・下町に東西がからむ理由
江戸の山の手・下町
山の手・下町と城南・城北
なぜ食い違う?
江戸と東京は別の街
「山の手」「下町」って、どこ?
●山の手と下町の違いは「塀」?




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2009-06-27(土) | Trackback(0) | Comment(0)

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野口 賢治

Author:野口 賢治
齢三十有余。転勤で名古屋にいた一年半を除けば、生まれてこの方、東京暮らし。物心ついてからは、縄文時代には水の底だったあたり。しかも、一人暮らしを始めてからも、好き好んでその辺に。軟弱地盤が好きなんです。


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