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Category : 山の手・下町山の手

山の手は高級住宅地? 1

山の手」と言えば「高級住宅地」というイメージがある。
実は私もそうだ。
だが、これは必ずしも正しくはない

山の手の範囲と拡大」で挙げたように、一般的に「山の手」と言われていると思われる地域は、ざっと以下の三つに分けられる。


このうち、2番目の「23区内」あたりまでで「高級」というイメージが出来上がった。
それがそのまま「西東京=山の手=高級」とつながっているだけのことだ。


「山の手」は、元々は江戸で使われた言葉だから、元の定義は江戸の中での話だ。

その江戸で言う山の手は、だいたい、現在の山手線の内側になる。もちろん、武蔵野台地の上だけだ。

この地域は、江戸時代には武家屋敷がほとんどだった。

明治初め、地方武士たちが国元に帰ると、残された武家屋敷は荒れ放題になった。そこからの治安の悪化などを恐れた当時の東京府知事・大木喬任は、これを桑畑・茶畑にした。
その後、住宅地としての開発が行われた。
高級官僚や貴族などの屋敷が作られ、学者たちが住むことも多かった。
文京区の西片や、時代はずれるが、同じく文京区の大和郷やまとむら(註)などはいい例だ。

西片と大和郷
下が西片、上が大和郷(クリックすると別ウィンドウでグーグルマップが開きます)

どこの家にもごく普通に使用人がいるなど、職人などの庶民が中心だった下町に比べると、明らかに高級地だったと言えるだろう。
これは、江戸時代の「町人地=下町中心」「山の手=武家地中心」という構造と似ている。

だが、山手線の内側が全て高級住宅地だったわけではない

武蔵野台地東部は谷が多い(註)。江戸時代でも、台地の中にあっても谷地は町人地になることも多い。麻布十番のあたりなどはいい例だろう。
また、名前の通り谷地でもある渋谷や早稲田(註)のあたりは、明治くらいにはまだ田舎だった。
谷地ではないが、池袋のあたりも同様に田舎だった。
(続く)



大和郷
1922(大正11)年頃、六義園に隣接した地域を区画整理して、住宅地として販売された。

大和郷の範囲
囲んだ範囲が大和郷(クリックすると別ウィンドウでグーグルマップが開きます)

元は三菱財閥の三代目当主・岩崎久弥が住んでいた。
彼は湯島に新しい屋敷(現・旧岩崎邸庭園)を作り、そちらに移った。
そのため、庭園(六義園)を当時の東京市に寄付し、その周辺の土地を整備して分譲した。それが大和郷だ。

ひとつひとつの敷地はそんなに大きくはないが、若槻礼次郎をはじめとした政治家、高級官僚、学者など、錚々たる面々が住んでいた。
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谷が多い
「武蔵野」というと「野」だから「平坦」というイメージがあるので、意外な感じがする。だが、実はそうでもない。

武蔵野台地の東端
武蔵野台地の東端
台地と低地の境界線(青線が京浜東北線、赤線が若干西側の境界)
(クリックすると別ウィンドウでグーグルマップが開きます)

以前からよく挙げている「武蔵野台地東端の図」では、崖線を直線的に示しているので誤解を招くかもしれないが、実際には、台地側にはたくさんの谷がある。まるで脳ミソのしわのように、たくさんある。

たしかタモリも言っていたと思うが、東京には坂が多い
坂は土地に段差があるからできる。谷があれば、そこを横断する道の両側に坂ができる。だから東京には坂が多い。つまり、谷も多いのである。
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早稲田
早稲田で生まれた夏目漱石の『硝子戸のうち』には、彼の幼い頃の様子が描かれている。

夏目漱石生家の場所
夏目漱石生家の場所
(クリックすると別ウィンドウでグーグルマップが開きます)

そこには

「小さな宿場としか思われない位、小供の時の私には、寂れ切ってかつさむしく見えた」
「江戸絵図で見ても、(中略)辺鄙な隅の方にあったに違ない」

とある。

高級住宅地どころの話ではない。
戻る



【参考資料】
●藤森輝信 『明治の東京計画』 岩波書店(同時代ライブラリー 18)、1990
●鈴木理生 『江戸の川・東京の川』 井上書院、1989
●東京地図研究社 『地べたで再発見! 『東京』の凸凹地図』 技術評論社、2006
●正井泰夫 『城下町東京 付録・大江戸新地図』 原書房、1987
●夏目漱石 『硝子戸の中』 岩波文庫〔緑11-2〕、1990

ホームページ
●三菱人物伝 岩崎久彌物語10
http://www.mitsubishi.com/j/history/series/hisaya/hisaya10.html
●パパは何がなんだか分からない 都は文化の中心地 本駒込界隈2
http://www.geocities.com/Heartland/Forest/9305/honkoma2.html
●タウン誌「巣鴨百選」 「大和郷」今昔ものがたり
http://www2.odn.ne.jp/sugamo-100sen/tokusyu/2002/tokusyu-2002-09.htm
●国土地理院 地図閲覧サービス ウォッちず
http://watchizu.gsi.go.jp/index.aspx



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山の手の範囲と拡大
山の手の範囲と拡大
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Author:野口 賢治
齢三十有余。転勤で名古屋にいた一年半を除けば、生まれてこの方、東京暮らし。物心ついてからは、縄文時代には水の底だったあたり。しかも、一人暮らしを始めてからも、好き好んでその辺に。軟弱地盤が好きなんです。


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