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Category : 山の手・下町

山の手も下町?

東京西側にも「下町っぽさ」が漂う状況として、「商店街は「下町」にある?」で、「下町のイメージがある商店街は、西側の住宅街の方が多いのではないか」という指摘をした。

そんな状態になったのはなぜなのか。

簡単に言えば、かつての下町と同じような成り立ちだから。
つまり、外から集まった人たちが多いということだ。


東京西側の住宅街が成立する流れを簡単にたどると、こんな感じになる。


詳しくは「山の手は高級住宅地?」を参照。

東京が大きくなったのは、人口増加による
人口が増えたのは、出生数が多くなったからではない。
主に、地方からの流入人口が多かったから
これは、戦前・戦後ともに同じだ。これは東京の人口の推移を見れば分かる。出生数だけでは、一気にこんなに増えるとは思えない。

どんどんやってくる彼らを受け入れたのは、元は農村だった地域

つまり、来る側も迎える側も、両者ともに都市民ではなかった

お互いに、相手のことがよく分からないながらも、お互いが大変なのは分かっている。
だから、お互いに、相手のことを考えて助け合って生きてきた。

西側にある「下町っぽさ」は、そうして生まれてきたのではないか。


これは、江戸時代の「下町」の成り立ちと同じことだろう。

江戸の庶民は、関東近県の農村から出てきた人たちがほとんど。

人が多ければ競争も多くなり、生き馬の目を抜くような社会になる。
その中をつっぱって「べらぼうめえ」とやっていたのが江戸っ子ということだ。

一方で、互いに相手の素性もよく分からないけれども、苦労しながらがんばっているのは一緒だ。「相身互い」で相手を気遣う人情が生まれてくるのも当然のこと。

したがって、「ケンカっ早くて人情に厚い」、ヤンキーみたいな若造とかちょいワルおやじみたいなのがいっぱいいるようになるのは、自然の摂理のようなものだ。
そうでもしないと、やってられなかったのだろう。


このような「江戸の事情」は、「関東近県」を「全国」に変えれば、東京でもそのまま当てはまる

つまり、江戸時代には沖積低地でやっていたことを、昭和になって武蔵野台地でやっていたわけだ。

同じような人が、同じようなことをすれば、同じような物ができる。実に単純。
「山の手が下町化した」のではなく、「どちらも根は同じ庶民」ということだ。

違いがあるとすれば、「江戸時代の庶民よりも、昭和時代の庶民の方が、カネ持ちだ」というくらいだろうか。それでも、庶民は庶民。江戸時代から戦前にかけての山の手住民のような力も収入も資産もない。第一、いっぱいいる段階で「庶民」であって、特権階級とは行かないまでも庶民よりはちょいと上にいた「山の手住民」とは自ずと区別される。

こうした「下町っぽさ=庶民性」の発現は、居住地域によるものではないだろう。
東京が急拡大する時に新しくできた山の手・下町(註)が、どちらも下町の雰囲気を持っていることは、至極当然なことだ。
そして、「山の手」「下町」という言葉と概念が、いろいろと混乱することになるのも、これまた至極当然なことだ。

なにしろ、従来の「山の手」「下町」と新しい「山の手」「下町」が、中身が違うのにごっちゃまぜにされているのだから。
(了)



急拡大する時に新しくできた山の手・下町
山の手は、山手通りあたりより外。とくに23区外。
代表的な街としては、前者は、高円寺、阿佐ヶ谷、三軒茶屋、中目黒、田園調布など。
後者は、吉祥寺、三鷹、調布など。

下町は、だいたい荒川の外側。
代表的な街としては、西新井、亀有、小岩、葛西など。

簡単に言えば、テレビや雑誌などで「山の手」「下町」と言われているが、それがどうもしっくりとこない地域。
そこは「郊外」だろ、と思うのだが。

最近は、国立や立川、八王子まで「山の手」と言われてしまったりすることもあるようだが、そういうのは、もう、「雲取山の先まで山の手呼ばわりしてなさい!」という感じで、相手にする気にもならん。

その割には、市川や浦安が下町扱いされないのも、不思議だ。

「東京都」の威力、恐るべし。
戻る



【参考資料】
●藤森輝信 『明治の東京計画』 岩波書店(同時代ライブラリー 18)、1990
●越沢 明 『東京の都市計画』 岩波新書(新赤版 200)、1991



つながるページ
山の手・下町と城南・城北
なぜ食い違う?
山の手は高級住宅地? 1
商店街は「下町」にある?
東京の人口の推移




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2009-06-27(土) | Trackback(0) | Comment(1)

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COMMENT

いいわけがましいこと

あけましておめでとうございます。
は、少々遅いですね。実は、年始早々からくたばっておりまして、全てはそのせいということで。(^^ゞ ポリポリ

10日ほど放置して、ひとつ分かったことがあります。
前回、13と14を一度に載せたのですが、13へのアクセスがとても少ない!
「そーか、みんな、気付いてくれなかったのねv-406
と思う一方、「だったら、一話完結式にしちゃえばいいのかな」とも。
根本的に、今回はくくりとしてはでかすぎたわけで、話が散漫になるのも当然と言えば当然…。
2009-01-12(月) | 野口 賢治: URL [Edit]

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野口 賢治

Author:野口 賢治
齢三十有余。転勤で名古屋にいた一年半を除けば、生まれてこの方、東京暮らし。物心ついてからは、縄文時代には水の底だったあたり。しかも、一人暮らしを始めてからも、好き好んでその辺に。軟弱地盤が好きなんです。


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