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Category : 主にグチ?

精密さ=集積率×密度?

東京の「広さ」は、実際の面積だけではなく、多くの人が集まってちょこまかと作り上げてきた精密さによる物でもあると思う。


立体的に積み重ねることで少ない面積に機能を集積するのが、近代都市の基本と言えるだろう。
都市機能としては、集積率を高めることで土地に余裕ができ、都市としての密度を下げることができる。さらに、土地が効率的に使え、移動距離・時間を抑えられる面からも、重要なことだ。
だが、それは機能的なもの、言ってみれば、コンピュータの処理速度のようなもので、数字的な合理性に過ぎない。その見方で都市を見ると、「街」というよりは「経済工場」のようなもので、それこそ、映画「マトリックス」の世界になってしまう。

一方の、細かい区画に分かれて広い面積を使う都市構造は、中世から近世の様相だ。
「似たような業種が集まって専門店街のような物を作る」といった効率化はあるものの、集積率は低く、土地効率もよろしくない。さらに、たいして広くもないひとつの区画にいくつもの建物がひしめき合い、空間的にはかなり密集している。「集合住宅が平面的に広がっているような状態」とでも言うのだろうか、集積効率は悪いが、密度は高い。


東京を作ってるのは、全国から集まった人だ。彼らから「人が多くて息苦しい」と言われることも多い。それで、広い敷地に高層ビルを点在させて、東京を田舎式「風通しの良い」街にしようとしているのかもしれない。

だが、だったら、なぜ、密度の高い集合住宅だの住宅街だのに住もうとするのだろうか。
もっと外側だと、通勤時間が長いから? 買い物が不便だから? ひとりじゃさびしいから?

だったら、都市の街区内を風通し良くした気分になるのではなく、むしろ都市内部の密度と集積率を高め、その分、都市周辺地域を広々とした田園に戻した方が効率がいいだろう。幹線道路を拡幅して街路樹を増やすことで都市自体の風通しは確実に良くなると思うし、都市サイズが小さくなれば移動効率も良くなる。省エネにもつながる。都市内のストレスは、すぐ外に広がる田園で解消できる。

江戸の庶民は、今よりも圧倒的に密集した環境で生活をしていた。それを、今の集合住宅程度にまでゆとりを持たせて、全体的に重層化する。集積率が高まることで余裕ができた土地を、都市の中にため込まないで外に出すだけのことだ。


再開発で作られるビルは、たいがい、ひとつひとつの建物が大きい。そうなると、開発区域がある程度広くても、その中の風景は単調になってしまう。全体像がぱっと見えてしまうので、面積は大きくても、感覚としては狭く小さい。空間的に広さを感じられない。むしろ、大友克洋の『AKIRA』のような、濃密に濃縮されたような場所の方が広い感じがする。

学生時代に歩いていた神保町では、背が低い建物がどこまでも続いてて道が霞の中に消えていくような、不思議な広さを感じていた。
再開発完成後は、どーんとでかい壁ができて、「街はここでおしまい」というのがぱっと見えるようになった。"果てしない夢幻都市"だった神保町は儚くも消え去り、単なる古本屋街になってしまったような感じがして、なんだかむやみに悲しかった。

六本木ヒルズは意図的にごちゃごちゃさせてドン・キホーテのようにしているのだろうが、あれはタクシーが迷子になる世田谷区のようなもので、来る人をムダに混乱させているだけだ。震災でも戦災でもなくならなかった江戸時代からの道をつぶして遊んでいるに過ぎない。それも、地域内のことで、幹線道路が中を分断して通っているが、それ以外に周辺と融合してつながっているようには見受けられない。

結局、最近の再開発は、どれも「島」みたいな物だ。都市全体から見れば極めて狭い範囲内でごにょごにょやっているだけのことで、街としての周辺とのつながりはない

丸の内・大手町や新宿駅西口のような、大規模な都市構造との組み合わせであれば、周辺ともある程度のつながりができる。
だが、ごちゃごちゃした中に、再開発された広々とした「島」が唐突に現れると、そこだけ、明らかに違和感がある。しかも、それによって以前からある道が分断されることになり、不便になることもある。ずいぶん古い例だが、サンシャインシティの周りは、歩いているとずいぶんと遠回りをさせられる。


「密度」というのは、結局、人と人とのつながりによって作られていく物だと思う。
集積することで密度が失われていくのでは、精密さに欠ける。
この方向に進むと東京が面白くなくなりそうで、どうにも面白くない。
(了)



東京が田舎臭くなる?
東京が田舎臭くなる?
●精密さ=集積率×密度?




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2009-06-20(土) | Trackback(0) | Comment(3)

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COMMENT

Re: 「精密さ」とは

松犬さん、コメントありがとうございます。
自分では「タイトルと中身が少々ズレてるかな」と思っていた所をちゃんととらえていただけて、ありがたい限りです。

日本人がやることって、良くも悪くもちまちましてるんだと思います。
アメリカ人がやることって、良くも悪くも大ざっぱなんだと思います。

どちらもそうなるべくしてなっているもので、変える必要はないと思うんですが、日本人は隣の芝の青さが気になるようで、どうにも同じことをしたくなる。「小泉劇場」とは全く関係なく、今の日本は急速にアメリカにすり寄っているように見えます。

結果として、お得意の緻密な積み重ねなんかどっかへ行ってしまって、口では「個性」と言いながらも、実情として「個性って、何?」になっている。
これって、一見すると効率的でありながら、実は、最終的にはすごく非効率的なんじゃないかという気がします。

私が個人的に「ちまちましてるのが好きだ」というだけかもしれませんが。i-229
2009-06-30(火) | 野口 賢治: URL [Edit]

「精密さ」とは

「集積率×密度」だというのは、なかなか面白い展開だなと思いました。
やっぱり、日本人は緻密に「すり合わせて作る」のが上手い。
生活感とか、人のつながりを接着剤にして町を形成していくからこそ、町の雰囲気
とか、味みたいなものが生まれてくるんでしょうね。
同じような店ばかり入った、巨大な商業ビルばかり乱立しても、
効率は良いのだろうけれど、個性は失われていく気がするね。
2009-06-30(火) | 松犬: URL [Edit]

来週は、

「山の手と下町」の再編をする予定です。
なんか違う記事が載ってたら、それは、「作業が間に合わなかった」ということで。i-278
今まではひとかたまりになっていたものを、論点ごとにいくつかに分割し、それぞれ加筆・修正したものになるはずです。

たぶん。
2009-06-20(土) | 野口 賢治: URL [Edit]

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野口 賢治

Author:野口 賢治
齢三十有余。転勤で名古屋にいた一年半を除けば、生まれてこの方、東京暮らし。物心ついてからは、縄文時代には水の底だったあたり。しかも、一人暮らしを始めてからも、好き好んでその辺に。軟弱地盤が好きなんです。


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09.10.02 :
東京でオリンピック?」を2分割。
09.09.09 :
09.08.30 :
09.08.22 :
街の奥行き」掲載
09.08.16 :
定休日」掲載

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